福岡地方裁判所小倉支部 昭和31年(ケ)114号 決定 1956年5月30日
申立人 東京出版販売株式会社
主文
本件申立を却下する。
理由
本件申請の要旨は小倉市堺町七十一番地の一宅地二百四十二坪一合九勺は上村真澄の所有であつたところ昭和二十四年八月中尾峰次郎が右上村から買受け其の所有となり更に同年十月十六日峰次郎が死亡したので、中尾シケ、本件債務者兼所有者中尾邦典、同中尾勇次郎、同堀ヒロ子が共同相続し、昭和二十九年四月十四日右シケ死亡によつて其の持分を右邦典、勇次郎、ヒロ子三名共同相続し、結局右三名の共有となつた。申立人は本件債務者株式会社小倉宝文館に対し昭和二十六年十二月末現在で百八十一万九千八百五十円の債権を有し昭和二十七年十二月十六日その弁済方法として昭和二十七年十二月末日に金一万円、昭和二十八年一月から毎月末日に金五千円宛月賦弁済すること、右支払を一回以上遅怠したるときは期限の利益を失う、右月賦弁済の外昭和三十二年十二月末日を完済期限とすること。完済に至る迄年六分の利息を附し利息は各年末に弁済すること等を定め前記中尾シケ、邦典、勇次郎、掘ヒロ子は右債務を担保する為本件不動産に抵当権を設定した。
然るに債務者等は昭和三十年七月迄に金十万九千九百六十四円を弁済したのみで其の余の支払を為さないので期限の利益を失つた。
以上の次第であるが本件抵当不動産の登記簿上の所有名義人は上村真澄であつて其の後の所有権の移転並びに本件抵当権設定に付ては登記をしていない。しかし未登記であつても抵当権実行の為の競売申立は出来るところ債務者等が前記のように債務の弁済をしないから本件申立に及ぶと謂うのである。
仍て按ずるに本件申立によれば本件抵当不動産の現所有者であり且抵当権設定者は本件申請書に債務者兼所有者として表示してある中尾邦典、中尾勇次郎、堀ヒロ子であつて現在登記簿上の所有名義人上村真澄は本件抵当権設定契約については何等の関係も有しないものである。斯かる場合には現所有者に対し所有権移転の登記手続をしないうちは債権者は抵当権実行の競売申立をすることはできないものと解する。仮に登記手続未済の儘競売手続の開始決定が出来るものとすれば裁判所は競売法第二十六条第一項により開始決定を為すと同時に職権を以て競売の申立がありたることを競売に付すべき不動産に関する登記簿に登記すべき旨を其の管轄登記所に嘱託しなければならない。その場合に於ける登記義務者は現所有者であり且抵当権設定者である前記中尾邦典、中尾勇次郎、堀ヒロ子であつて登記簿上の所有名義人である上村真澄ではない。(同人は前記のように本件抵当権設定契約には何等の関係もない)
然らば登記の嘱託を受けた登記官吏は登記義務者の表示が登記簿と符合しないが故に嘱託を却下するの外なく爾後の競売手続に支障を来たす点からするも前記のように解すべきが相当である。
随つて本件競売手続開始の申請は不適法であるので主文の通り決定する。
(裁判官 相島一之)